2011年10月12日水曜日

家を、買う。


三宮駅徒歩5分圏内にタワーマンションが建つ
というので
事前説明会に行ってきた。

立地的に、到底手の出ない価格帯だろうと
ひやかし気分で行ったのだけど、
意外と手の届く範囲内だったので
急に現実味を帯びてしまった。

眺望も
内装も
間取りも
外観も
エントランスの雰囲気も
とってもいい感じ。

モデルルーム見てると、
夢が膨らんじゃって、もう大変。

タワーマンションに限らず、
商業施設やオフィスビルでもそうだけど、
高い建物や、吹き抜けの広い空間を目の前にすると、
どうしても心がワクワクするのは
何でだろう?

空間が人に与えるプラスの心理って、
どういうメカニズムなんだろうか。

古代ローマの神殿遺跡や、
有名な教会やモスクなんかも、
建物内部の空間が広くて
天井が高くて、
とても荘厳な気分になる。

一流ホテルのロビーなんかでも、
無駄に緊張したりするし。
空間のラグジュアリー度って、
天井の高さに比例する気がするなぁ。




話を戻して、三宮タワーマンション。

三宮に住むことの快適さは今十分に感じているので、
これ以上の物件は出てこないんじゃないかと、
かなり前のめりになってしまった。

でもここで、素朴な疑問。

「あれ、私たちって、神戸に永住するんだっけ???」

神戸は住み易いし、
規模も適度で、ごはんも美味しいし、
おしゃれなグッズも難なく手に入るし、
海と山に挟まれて自然にも恵まれてるし、
言うことナシ。

大好きな街なんだけれど、
骨をうずめる覚悟まではできていなかった私たち。

急に現実に引き戻された。

そして途端に、
今後の人生計画にまで話が及ぶことに。

ずっと神戸にいないんだとしたら、
いつ移住しようか、
仕事はどうしようか、
子どもはどうしようか、
親はどうしようか、
貯蓄プランはどうか、
保険の見直しはどうか、
優先順位は・・・などなど
いきなり家族会議に大発展。

普段なかなかこういう話をする機会がないので、
三宮タワーマンションに良いきっかけをもらった。


「家を買う」=「人生を考える」
なんだなぁ、と実感。


とりあえず、夢の持ち家は当分先になりそうです。


(でも、神戸永住するのなら、絶対買いだったなぁ、
あのマンション。。。悔涙)

2011年10月5日水曜日

お昼休みの苦痛


最近、朝のテレビ番組で、
企業の食堂特集をやっているそうだ。 
私はもう家を出てしまっている時間なので 
具体的な内容は分からないのだけれど、 
銀座のR社や、六本木のG社の食堂などは 
それはそれは素晴らしいらしい。

なんと羨ましい。



今は、一日中PCと向き合うデスクワークなので、 
唯一デスクから離れられるお昼休みは、 
とても貴重なリフレッシュタイム。

チームのコミュニケーションも大切にすべし、と 
なるべくチーム員の皆と食堂に行くのだけれど、 
いかんせん、話題がない。 

ひどい時は一言もしゃべらないまま食事が終わることもある。 
6人~8人が向かい合ったまま、 
しーーーーん、、、とひたすらごはんを食べるの図。 
(ちなみに私以外全員男性)

おかしくない??

・・・と思うのだけれど、
日本のおじさま達のランチタイムって、 
意外とこんなものなのかな。 

前の会社は外資だったせいか、
「週末何してた?」というのが お決まりの話題で、
趣味やフリータイムや家族について話すことが 
自然な話題だったように思う。

一方今の会社は、日本の会社だからなのか、 
「週末の予定なんて放っておいてよ。 
なんでそんなこと話さなきゃいけないの?」という壁を感じる。 

不用意に相手のプライベートに踏み込んではいけない、というか。
私だけかもしれないけれど、
「お休み何してました?」と軽々しく聞けない。。

で、必然的に、しーーーーーーーん。。。 

天気の話をしてみたり、
一つの話題をムリにひっぱってみたり、 
お互いが選んだメニューにコメントしあったり、、 
まるで初対面の人同士の食事のよう。 
毎日、毎日、同じ顔ぶれで。

食事はパパッと10分弱で済ませて、 
あとは思い思いに喫煙ルームに行ったり、
デスクで新聞読んだり、PC見たり、 仕事したり、
と個人の世界に戻る。

私はずーーーーっとデスク前にいると息が詰まってしまうので、 
美味しいコーヒーでも飲みながらぽーっと休みたいのだけれど、 
なぜか社内にカフェスペースがなく、ゆっくりくつろげるところは、 
自分のデスクのみ・・・。涙

そこじゃ、ぜんぜん、くつろげないんです。


仕方なく、 
デスクでインターネットラジオをイヤホンで聴いてみたり、 
トイレの個室で首&肩のストレッチしてみたり、 
時には、近所のカフェに1人出かけてみたり。 
(しかし、社食ランチ代よりコーヒー代の方が高かったりする)


こう考えるとスタバって、偉大だなぁ。
第3の空間とは、良く言ったものだ。



食堂は普通で良いので、 
心地よいリフレッシュスペース、欲しいです。

2011年9月28日水曜日

ハッピーラフトのキャニオニング


夏の終わりの週末に、
キャニオニングに出かけた。 

場所は、
四国三郎“吉野川”。 

(ちなみに、
太郎は“利根川”坂東太郎 
次郎は“筑後川”筑紫次郎
だそう。)


今回お世話になったのは、 
オーストラリア人がオーナーの
到着して、受付して、水着&ウェットに着替えて、 
車に乗り込んで、さぁ出発!!なのだが、、、


・・・ちゃらい。。


いかんせん、ノリがちゃらい。軽い。



まぁ、こういうレジャーツアーは、 
ノリノリでテンション上げてかないと
楽しくないわけで、 

初対面同士がさっさと打ち解けるためにも 
ガイドさんは異常なテンションで
盛り上げるしかないわけで。

分かり易く言うと、合コン、のノリ。


自己紹介も、 
「××でーす。好きな食べ物は、からあげでーす☆」
みたいな。

こんなきゃぴノリはあまりに久しぶりだったので、
軽い不意打ちをくらった。 
まぁ、何はともあれ楽しかった。

滝つぼ落ちに始まり、 
天然ウォータースライダー
ロープスライダー、
40m下降、、、 



いちいち度胸試しのようなポイントばかりで、 
いわば天然地形を利用した本格派アスレチック。

久しぶりに自然と戯れて、
童心に帰って、むじゃきにはしゃいだ。

とはいえ、
女30過ぎて、わーきゃー言い過ぎてる姿は、
ちょっとみっともないかな 
と内省する自分もいたりして。

でも。

声を出して笑ったり叫んだりすると、
ストレス一気に吹き飛ぶし
楽しい気持ちもさらに増幅する気がする。

楽しさは、頻度より濃度の方が大切だ。

楽しい時間を共有してくれた、 
ハッピーラフトガイドの
メザさん&晋ちゃん、ありがとう☆

2011年9月19日月曜日

90年の命

敬老の日であります。

今年はおばあちゃんの家に、
お母さんと二人で遊びに行って、
お泊まり女子会を開催した。

おはぎを手作りしたり、
マッサージをしてあげたり、
昔のラブロマンスを聞かせてもらったり。

おばあちゃんは90歳だけれど
一人暮らしをしていて、
寝たきりにもならず、認知症にもならず、
尿漏れパッドのお世話にもならず、
身の回りのことは全て自分でこなしている。

ご近所の人が
夕飯のお裾分けを持って来て下さったり、
ゴミ出しを手伝って下さったり、
すごく暖かいコミュニティの中で暮らしている。
田舎って、すばらしい。

「赤の他人が、こんなおばあさんに親切にしてくれるなんて、
感謝せんといけん」
と口癖のように言っているが、
おばあちゃんのお人柄の良さと人徳の賜物だとも思う。

おばあちゃんは、
一日一日をきちんと暮らしている。

朝起きて、服を着替えて、髪を整えて。
食事をして、家事をして、
新聞を読んで、TVを見て、
お風呂に入って、きちんと戸締まりをして
消灯を確かめてから、ゆっくり休む。

家の中を歩くとき、転ばないように、
つまづきそうなコードはきちんと片付けて、
ゆっくりゆっくり気をつけて、
痛む腰や膝をかばいながら、それでも自分の力で動く。
人のお世話にならないように、
人に迷惑かけないように、
毎日心がけながら生きている。

私はおばあちゃんが、大好きだ。



今回はお泊まりで時間がたっぷりあったので
たくさんたくさん、話をした。

昔の冷蔵庫は氷で冷やしていたとか、
初めて見たテレビは縦長だったとか、
アイロンは炭を乗せる火乗せだったから
初めて電気アイロンを使った時は便利さに感動したとか。

お風呂は薪を燃やして沸かさないとお湯なんて出なかったとか、
醤油はカメに入っていたが、ビン入りが出回るようになって
すごく便利になったとか、
お味噌は手作りが当たり前だったとか。

流行っていた髪型(テツカブト)はどんなだったか、
おじいちゃんとは写真で結婚式したとか、
敗戦後北京から帰国する時どれだけ恐ろしかったか、
などなど

生きた昭和の話を聞いた。


今とは違う世界。
でも、今に続く世界。

今では当たり前になっていることが、
昔はすごくありがたがられたことで、
私たちはいつの間にか、便利さのありがたみを
忘れてしまっている。

90年も生きたおばあちゃんの目には、
時代の移り変わりと、
昔の良さと今の良さと、
そのすべてが映っている。

昔は良かったと思えることと、
今は良い時代になったと思えること。

その両方が存在していて、
1世紀近くも生きるということの重みを感じる。

「私の人生は何だったんだろう?」
と、おばあちゃんは言っていた。
「子育ててバタバタしていた頃が、
一番幸せだったかもしれない」とも。

私はそのとき、どんなふうに思うのだろうか。
きっと同じように、
「私の人生って何だったんだろう?」
と思いそうな気がする。

でもそれで良いと思う。
意味なんてなくても、自分の人生のすべてを受け入れて、
生まれて来て良かったと思って、
次世代にバトンタッチしたい。


やがてくる人生の終焉を、心穏やかに待ちながら、
おばあちゃんは今日もきちんと生活している。